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30代独身会社員のあれこれ雑記

メディアミックスの難しさを感じながら 芦原妃名子先生へ

芦原妃名子先生の訃報を受けて、思わず涙が出た自分に驚きました。
大好きな先生と自覚していたつもりだけれど、こんなに好きだったんだと自分の涙で実感した。

SNSに流れて来るあれこれからちょっと目をそらして、芦原先生のあの悲痛なつぶやきを読み返し、胸を痛めています。
憤りのやり場がなくて攻撃的な口調になってしまう気持ちはわからないでもないけれど、先生の想いはきっと違うところにあるんだよなあと思うとやるせない。

と言いつつ、私ももやもやしているので、脳内整理のために口調に気を付けながら考え事をアウトプットしてみます。


メディアミックス。実写化。議論され尽くしているようにも思うけれど、やはり難しい問題。
個人的には、原作に忠実であることこそ正しい、というのはちょっと違うような気がしていて。
それこそ先日見に行った映画「ある閉ざされた雪の山荘で」は原作からそこそこアレンジが入っていたように思うけれど、私は随分と気に入った。描かれる主軸は変わらないし、原作に対するリスペクトも感じたし、結果としてまた新しいエンターテイメントに昇華していた。

というか、そもそも読者と視聴者では狙い方が違うだろうということがある。
漫画や小説は視覚しか情報がないので(ななめ読みという言葉はあれど)一定の集中力が必要になる。だから繊細な描写や細かい設定も活きるし、そこを醍醐味に味わうファンもいる。
テレビはちょっと違う。
洗濯物を片付けながら、LINEを返しながら、ネイルを塗りながら、登場人物の声を聴いて時折画面に目を見やる。それでもある程度内容が把握できる。実写化作品の制作が勝ち取りたいのは原作ファンよりもむしろこういう層なんじゃないのかな。
ながら見をしている視聴者に「お、来週も見よう」と思わせるにはどうしたらいいか?そこの工夫の一環として、人気俳優にラブロマンスを与えたり、イメージとは違う思い切ったキャスティングをしてみたり、生々しい描写はオブラートに包んだり___
原作ファンが抱きがちな実写化に対する違和感のあるアレンジって、そういう経緯なのかなと思っている。まあ素人だから憶測にすぎないのだけれど。

とはいえ、原作者が自作に愛着を持っているのは当たり前だ。忠実にやってくれという原作者は少なくないだろうし、自分が掲げ始めた看板を想定外の色でうわ塗られたくないというのは当然だろう。

このズレこそが、私なりに考える実写化がうまくいかない理由(n番煎じだろうけど)。今は制作会社と原作者の2者を挙げたけれど、脚本家であったり出版社であったり、実際の登場人物はもっと増える。それぞれの立場があってそれぞれの思惑があるんだから、そりゃあ対立しやすいよね。メディアミックスって双方に利益を見込んでのものであるはずなのに。
今後も漫画や小説の実写化は続いていくのだろうけど、こんなことが二度と起こりませんように。


芦原先生。
やっぱり私は「砂時計」が好きなんです。
妙なリアルを孕んだ心情描写に、幼いながらも胸がひりひりしたのをよく覚えています。理解できないようでどこか共感できるような、何とも言い難い感覚でした。
自分が少しずつ大人になって、登場人物と自分が重なるように思える場面もありました。重なった結果、やけに思い悩まされることもありましたが(笑)救われるような思いになることもたくさんありました。
多感な青春時代を一緒に過ごしたこの作品は、これからもずっと宝物です。先生、ありがとうございました。