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30代独身会社員のあれこれ雑記

加藤千恵「真夜中の果物」 忘れられない歌がある

どういうわけか、小中学生の頃から詩歌や俳句が好きでした。
といっても、じっくり読み込んで解釈を___ みたいなことはせず、なんというか、それこそ音楽を聴くような感覚。
耳心地がいい、思わず口にしたくなるような言葉選び、ぼんやりと聞いていてもなんとなく情景が浮かぶ、そういう歌が好きです。
普段は使わないような気取った比喩も、詩歌ならすっとなじんでしまう。そんな魔法みたいな感じも好き。

とはいえ、現代短歌を意識したのは20をとっくに過ぎてからで、本屋でジャケ買いしたとある本がきっかけでした。それが「真夜中の果物」。

ほらかわいい。女子ウケ◎。
恋にまつわるショートストーリーと、そのお話をもとにした短歌が添えられた短編集です。
くすぐったいほどに甘酸っぱい恋が描かれたかと思えば、ちょっと嫌気がさすほどの生々しさが描かれていたり。思わず自分の過去の恋愛を振り返ってしまい、苦笑いするような気持ちになったり。小説もさることながら、そこに添えられた短歌の衝撃。

どうしても「俳句や短歌」とワンセットのイメージだった私。四季の移ろいや心の機微を綺麗に描くもので…みたいなことを考えていたけれど、そんなのはとんだ杞憂でした。ああ、なんだ。短歌って、こんなに自由でよかったんだ。

話したいことがたくさん残ってる 中華料理で何が好きとか

この歌は、酔っぱらって「酢豚に入ってるパイナップルが許せない」と男性に熱弁した女性の話に添えられたもの。これだけ聞くといやいやどんな話だよって思いますよね。そんな話です。
もっとあなたと話がしてみたい。もっとあなたのことが知りたい。えっと、例えば、中華料理なら何が好き?
そんな感情を、これだけ軽やかに詠んだっていいんだ。
ショートストーリーとセットだからこそ心情や情景が飲み込みやすかったのも、プラスに働いたのかも。自分の固定概念を吹っ飛ばした、忘れられない一首です。

この歌を知って、自分で詠んでみることも始めました。どこに出すでもないけれど、スマホの縦書きエディタにぽつぽつメモを残しています。SNSなんかで投稿してみればいいのかもしれないけれど、まだちょっとそんな勇気は出ないかな。

長編小説ではないので物足りない人もいるかもしれない。その一方で、肩ひじ張らずにぱらっとめくれる心地よさがある。それこそ音楽を聴くように。
私にとっては、そんな一冊。


ちなみに。同じく加藤千恵さんの作品「ハニー・ビター・ハニー」。こちらはショートストーリーのみの短編集。
体感的にはこちらの方がほろ苦い話が多く、ちょっと胸が痛くなります。