先週こんなポストをした。
とある歌集の感想を書きたいのだけれど、自分の語彙力に絶望している
— エス (@s_esu_esu) 2024年12月19日
それがこの本。こういうことが言いたいな、ああいうことが言いたいな、と色々試行錯誤したが乏しい語彙力ではうまく表すことができず、なんやかんやで1週間が経過。
まあ、短くてもいいかと開き直り、読了の記録として感想を綴っておく。
木下龍也はちょっと読まず嫌いな節があった。
包み隠さずに言えば、SNSに堂々と書かれた「現代短歌の申し子」という自己紹介にちょっと引いてしまっていたのだ。
謙虚たれなんてことを言いたいわけではないが、お、おぅ…申し子……となってしまった。
しかし読まず嫌いながら、なぜか一冊だけKindleに入っていた。
なんで買ったのかも覚えていないぐらい積みっぱなしだったのだが、買っておいてよかった。おかげで読まず嫌いが解消された。
この歌集はその名の通り、誰かに向けて詠うことが主軸となっている。
読者からお題を募り、そのお題に木下龍也自ら目を通し、咀嚼し、31音に想いを閉じ込める。
歌集を読んで驚いたことは大きく2つ。
1つは、お題の切り取り方。
31音という限られた文字数で描けるものは限られる。与えられたお題に対して何を描くか。その切り取り方が「あ、そこなんだ」というものが多かった。
お題の言葉を聞いて素直に思い浮かべる絵を描いたり、王道の印象の反面を描いたり、あるいはその字面自体に着目したり。このワードからそこに思考を飛ばすのか、と興味深いものが多かった。
2つめは単純に、歌から受ける印象だ。
俳句・詩歌は、他の文芸に比べてその解釈を受け手にゆだねられる部分が大きいように思う。もちろん作者自身は込めた想いはあるわけだけれど、その訳し方はこちらで好きにしていいと思っている。
そうして自分なりにこの歌たちを飲みこもうとしたとき、『あなたのための短歌集』というタイトルの割にかなり攻めたものもあるなという印象を受けた。
誰かに捧げることを前提とするならばやわらかくあたたかい歌を想像してしまうけど、かなりエッジの効いたワードチョイスも多々見られる。単語レベルで引用するなら「刺せ」とかね。
「あなたのため」と言いながら、闇も光も、生々しさも夢まぼろしも描く。
背中を押すようなあたたかさも、あざ笑うような冷たさも詠う。
それはあまりにも鮮烈だった。
次は誰かのためではなく、彼が好きなように詠った歌を読んでみたい。
読まず嫌いだったその穴を埋めてくれる、そんな歌に出逢えますように。
